篆刻の歴史
印の起源は大変古く、中国の殷代(紀元前1800年〜紀元前1100年)にさかのぼります。篆刻は、この殷周時代ごろ使っていた印章をもとに発達した芸術です。
古代社会での印は、王の権力を象徴するもので、官吏はその印章を身につけて職につき、記録や書簡などの封印として押捺しました。当時の印章は、材質が金、銀、銅などで、専門の職人でないと加工することのできないものでした。個人で持つのは大変難しかったのです。
個人が印を使い、篆刻として書画と共に親しまれるようになったのは、中国でも元・明以降(14世紀〜)になります。元代末・明代に軟らかい石材の発見によって印章製作が手軽になり、文人の間に刻印の趣味が流行しだしたのです。古印は鑑賞の対象となり、自分の姓名雅号のほか、自分の信条とする言葉や詩句を刻して、書画に捺すようになりました。そして文人の教養としての詩・書・画に篆刻が加わって「四絶」(詩・書・画・篆刻)となり文人としての必習科目となったのである。
一方、日本で印が使われ始めた時代は明確ではありません。福岡で発見された、後漢時代の光武帝が日本の奴国の使者に与えたものとされる「漢委奴国王」の金印は、日本と中国の交流を示すものとして知られています。また、日本書紀に持統天皇の6年(692年)に木印1個を奏上したと記されており、これが日本での作印第一号だろうと言われています。
701年に制定された大宝律令に中に、印の形式や材料などを定めた印制があり、平安時代まで続きました。日本の篆刻は、明・清革命のため1653年に亡命してきた僧、独立(どくりゅう)や心越によって伝えられました。日本は丁度江戸時代初期で、榊原篁洲など、当時の一流知識人たちが篆刻を学び、江戸中期からは文人趣味として大流行しました。
そして現在では、篆刻は篆書だけではなく、古文、隷、楷、行、草、かな、ローマ字、トンパ文字などさまざまな書体で楽しまれ、印を彫ることの代名詞となりました。
※私の頼りない知識を補うため不明瞭な部分は『書の基本資料 3、中国書の歴史』(中教出版)を参考にさせていただきました。

